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違う分野からのunix unixは、理系のエンジニアの方とか、dosをこなせる方などが主に使われるのだろう。しかし、ネットワークとかマルチメディアを考えると、違うポジションの人が使う必要もあるのでないか? カテゴリーの再認識、再構築が必要な時とここ数年思ってきた。 いずれにせよ、専門の方から見れば、幼稚で無恥に見えるかも?でも、傍迷惑にならないよう注意しますんでどうか見のがして、いやご指導ください。 unixとデッサンは、類似している? unixは、概念的、論理的である。それに対してデッサンは、感覚的、情緒的であろう。この2つは対極に位置するが、私にとっては類似点がかなりある。かつて、デッサンの学習に1日4.5時間、2年間必要だったが、unix学習も同じように時間を作らねばならない。ものに対しながら学習をするわけで、デッサンは、モチーフ。unixは、パソコン。対するものが違うともいえるが、修道僧的な対し方がどちらも必要のようだ。 はたして、修道僧的な禁欲の向こうには何があるのだろう?私の場合デッサンは、自己の表現、自己確認の方法を身に付けるために学習したが、unixもなんと自己の主体性が問われるようだ。個人として何をやるかという時点で共通のものがある。 unix学習の目的 unix学習の目的は、ネットワークへの参加であり、窓口をつくることである。 広義には、新しいコミュニケーションの試行錯誤なのかな。 「サーバは内部に持つ必要はない。」という考え方もビジネスレベルでは、もっともである。 しかし、その方向で進むと「中央集権的環境、思想」をまた助長する。もうこんなことできるだけやめにしよう。精神的にも、経済的にも未来がない。 やはり、メデァを個人サイドに引き寄せたい。 で、初心者としては、まず、 A.クライアント(端末の1利用者)としての学習。 B.サーバー(サービス提供者、管理者)としての学習。 があるようだが、ひとりでするなら神をも恐れず、A.B.やってしまおう。 Linux 事務所のwebmaster J.Sato 氏が、「LinuxはやめてFreeBSDにしなさい」と言う。 う〜ん。でもFreeBSDのほうが難しいのでしょ?それにturbolinuxなんてインストーラーでほとんどSetupできるし、Red Hatもあるし、対応ドライバー、情報も多い。(2/16) FreeBSDを使う せっかく日本語環境が設定できたLinuxをやめて、FreeBSDをインストール。2.2.5Rが購入できたCDの中で一番新しいかったのでこれを使用。 しかし、なかなか難しい。(2/25) ・FreeBSD2.2.5RでXの立ち上げが難しい点 FreeBSD2.2.5Rは、インストール直後の設定では /usr/X11R6/bin が PATHに含まれていない。 また、XwindowをXF86Setupで設定を行った場合、設定終了後にstartxなどとしてもXが起動 できず、シンボリックリンクが張れていない。 情報入手「XFree86 3.3.1 設定概論第1 ・小浜 純氏」 今月の学習ポイント ・1998.4月--シンボリックリンク |
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