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「武蔵美通信」1997.1月号に掲載された原稿です。
発行/武蔵野美術大学短期大学部通信教育部

平机(父親)からコンピュータ(息子)へ

●テクノロジィの変化
ここ5〜6年で印刷システム、デザインでいえば、グラフィックデザインのテクノロジィ(技術)が大きく変化している。それはMacintoshなどのパソコンとそれをつなげるネットワークシステムの発達によってなのだが、この急激な技術変化を印刷、そしてコミュニケーションにかかわる者として、どう受けとめれば良いのだろうか。制作技術の変換期である今、ここで従来のアナログ技術、新しいデジタル技術それぞれの特性と違いを認識することが、これらの技術を基に制作する者として必要だと考える。
私の環境は、たまたま父親が同じ仕事、印刷とそのデザインをしてきている。もちろん、父親は、平机で烏口といったアナログによる制作である。それに対して息子である私は、6年前よりコンピュータによる制作方法をめざした。
●アナログ時代
父親は、私が小学校に入学する時、もう40年近くになるが勤めていた通信社を退職し、デザイナーになると言い出し、それから現在までその仕事を続けている。
今でも木製の平机に製図板を置き、面相筆に丸ペン、烏口を愛用している。このような道具を使いこなす技術の習得には、時間がかかるが、生涯付き合って行けるものだ。父親は、生涯その技術と付き合っていくだろう。
アナログ制作の代表的な道具としては、烏口があるが、この道具の特長は、使う人が日常的に根気よく時間をかけて調整しないと思うように使いこなせない。烏口は、もう日常的に使う人が少なくなった、のこぎり、かんなと同じように研いで使う道具なのだ。
最近では、大工道具を使うプロの大工さんでものこぎりの刃を研ぐ人は少ないようだが、 以前はのこぎりの目立て屋、傘の修繕屋さんとものを使い続けるためのフォローをする職業、人々をよく見かけたものだ。ものを大事にする環境が整っていた。
ものが豊富にあり、賃金も高くなるかわりに、一つのものとの関係をしっかりと築いていくことが難しい時代になってしまった。
●デジタル時代
こんな道具を使用して制作する父親に比べその息子は、コンピュータである。烏口と違ってコンピュータは、めざましくその機能が発達し変化する。一つの道具と長年じっくりと付き合うということが、優雅に贅沢に見えてしまうほどその技術の変化は日々移り変わって行く。こんなコンピュータと対しているからこそ、その反対のアナログ世界の良さが今までよりも、より解かってくる。だからといって父親にその技術を今習おうと思わないが、アナログに戻ることもあるかもしれない。
●技術と思想
本来、父親から息子は、道具の使い方を教えていただくもので、そうやって技術は伝えられて来たのであろうが、コンピュータに走ってしまった。昔なら伝統技術を守らない、西洋かぶれしてしまった馬鹿息子であろう。
しかし、10年近く前Macintosh Plusというパソコンに出会ったのだが、その思想には驚かされた。道具を使う者の対象を個人とし、その個人がやりたいことを明確にすること、表現方法を広げることが基本として考えられていた。技術を受け継ぐためには、個人の意志は犠牲になるとか、最優先されるのは全体で個人はそのためには犠牲になる。といった意識、モラルがわれわれの土壌にはあるが、このパソコンは、個人があくまで基本、すべては個人から始まるという姿勢であった。
これにはかぶれてしまう。なんだって、自分のことを一番大切にしましょう。と言われれば、自分のことを考えて行きたい者は、多少うさん臭くても、西洋かぶれでも嬉しくなってその気になってしまう。
MacintoshそしてWindows、そしてそれらをつなげるインターネットが、最近だいぶマスコミでも話題になっている。説得力があり、スマートなテクノロジィは、今後多くの人々の生活の中に浸透すると思われる。しかし、見方を変えれば、私にはキリスト教の布教、幕末の黒船来港、そして第二次世界大戦で制空権をとられてB29が来襲。といったこととパソコンの浸透が重なってきたりする。個人を基本にした思想をもとにパソコン技術が成り立っているが、そういった基盤はわれわれの土壌には無いのではないだろうか。
そしてまた、トレンドだから、皆が使っているから、便利だからでパソコンが使われるのでは?と思い心配なのだ。
●なにが受け継げるのか?
丸ペン、烏口といった道具を使う技術は、息子は父親に遠く及ばない。私は、父親に敵対し、客観視できるよう一定の距離を置くようにした。具体的には、二十歳すぎ本学に入学してまもなく、父親の家を出た。二十数年前は、世代の断絶とか親子の断絶とよくマスコミなどでも言われたが、あの「断絶」はどこへ行ったのだろう、断絶などもうないのだろうか?それがあたりまえなのか?
私は、父親と違った方法、考え方で新たに制作することを築いていきたかった。それだから、父親から私はたいしたアナログ技術も受け継げていない。
親からしっかりと「バトン」を受け取ることは難しいことだ。
だが今になって思うと受け取ることを拒絶したからこそ、やっと受け取る必要性もわかってきたのではないか?
はたして、上の世代(かっての技術)から次の世代(これからの技術)は、何を受け継げるのであろうか? 私は、親の世代から子供の世代への受け継ぎ。そして、古い技術から新しい技術はなにを受け継げるのか。をあえてテーマとしたかった。それは、なぜかというとこのことを実際しっかりと進めることがとても難しいと思えるからだ。しかし、とても難しいだけに、不足したことであり、重要なことでもある。
戦後、守るべき技術、受け継ぐべき親の思想というものを育てて現在まできただろうか?それは重要視されてこなかったようだ。やはり、根本的に貧しかったのか?今、荒涼とした荒れ野にたたずんではいないか? 私が今回このテーマで文章が書けたのは、父親の存在と今まで周囲でしっかりと私に対し、助言、協力をしてくれた方がいたおかげである。


参考文献/「活字が消えた日」・中西秀彦著・晶文社。
「本はどのように消えてゆくのか」津野海 太郎著、晶文社。
「インターネットビジネス」・久保田達也 著・丸善ライブラリー
関連展示/「平机(父親)からコンピュータ(息子) へ」
高尾事務所展アユミギャラリー・ 1997.2/28〜3/5



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 物見遊山

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