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97.5月新築の家を建てるため、大正時代に建てたボロ屋を取り壊した。祖母が亡くなった5年前このボロ屋に引越て来て驚いたのは、ネズミ、ダニがしつかり生息していたこと、電気コンセントがないことであった。 確かに時代に取り残された、貧しい家であったが取り壊す前に改めて写真を撮ってみると明暗のある家であることがわかる。素晴らしい。 個人の犠牲によって日常が成り立っていた生活から逃れるため日本人は、ここまでやってきたのだろうか?いま仮住まいしている一見明るく便利な部屋に住んでいるとやはり何か勘違いしてるのではないか?と思えてならない。 個人のためには、自分の時間が必要。家にも自分の部屋が必要という意識が一般的。しかし、孤独と連帯をどうとらえるか?が無くて、自己確立などできるわけが無い。そして、住環境は明暗のある環境だとありがたい。だから家から私に働きかけてくる明暗が、まず私は欲しい。私を包み込む暗部が欲しい。それ無くして個人の部屋を持っても甲斐が無い。 |
ボロ屋から新築 97.7月へ
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